第八十三回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を
文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、「不動産の仲介あっせん報酬の帰属の時期」に関して、「建前」によって解釈する
こととされている法人税法22条2項についての所感をお述べいただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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「建前」という言葉は、我が国では、一般用語してはよく用いられる言葉ですが、法令には、「建前」という用語は用いられません。当然、法人税法にも「建前」という用語は存在せず、その性質上、法人税法の規定の解釈においても、「建前」という用語が用いられることはないはずです。法人税法においては、本来、「建前」で課税したり課税しなかったりするというようなことは、予定されてません。
しかし、筆者が知る限り、唯一、「不動産の仲介あっせん報酬の帰属の時期」に関しては、法人税法22条2項を「建前」によって解釈することとされています。
1.法人税基本通達2-1-11(不動産の仲介あっせん報酬の帰属の時期)
法人税基本通達2-1-11には、次のとおり、「不動産の仲介あっせん報酬の帰属の時期」に関して法人税法22条2項の「収益の額」の計上時期の解釈が示されています。
(不動産の仲介あっせん報酬の帰属の時期)
2-1-11 土地、建物等の売買、交換又は賃貸借(以下2-1-11において「売買等」という。)の仲介又はあっせんをしたことにより受ける報酬の額は、原則としてその売買等に係る契約の効力が発生した日の属する事業年度の益金の額に算入する。ただし、法人が、売買又は交換の仲介又はあっせんをしたことにより受ける報酬の額について、継続して当該契約に係る取引の完了した日(同日前に実際に収受した金額があるときは、当該金額についてはその収受した日)の属する事業年度の益金の額に算入しているときは、これを認める。
この通達自体には、「建前」という用語は存在しておらず、また、『法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局)などの解説にも、「建前」という用語は見当たりません。
2.昭和55年の座談会における制定者の解説
ところが、上記の通達を制定した昭和55年の座談会においては、次のとおり、制定者自身により、通達の本文の取扱いが「建前」(下線部分を参照)であるということが明確に述べられています。
「渡辺 この点についてはすでに訴訟判例もいくつか重なつておりまして、仲介・あつせんサービスというのは、事柄の性質上、当事者が売買契約を締結するに至れば、一応そこでサービスが完了した、したがつてそこで報酬請求権が確定するであろう、ということになつているようです。したがつて、ここでもそのことをまず建前にしようということです。
ただ、この建前は、ただし書きの方まで合わせて読んでいただきたいんです。前後を分解してそれぞれごとに議論しますと、非常に議論がふくそうすると思います。前段を特に書きましたのは、課税というのは、どうしても強制力を発動しなければならない場面というのがございますし、そういう場合には、ある程度割り切りをせざるを得ないことがあると思います。しかしだからといつて、すべての継続的な収益計上についてまでそういうコントロールをする必要はないないわけで、そのためにただし書きを入れるということによつて実態に合わせたわけです。簡単にいえば、前段の部分は脱税事件のようなものを考えて整理してあるとお考えいただければよいということです。したがつて、一般論としては、ほとんどがただし書きで動くと思いますので、むしろそちらのほうにウェイトをかけた通達だとご理解いただくとありがたいんです。
髙木 確かにいま渡辺さんがおつしやつたとおりで、契約成立でもつて請求権が発生している、というふうに見れるんですが、実際に取引そのものが完成するかどうかは、その後時の経過を要するわけです。それで不調になつた場合には、もらつたあつせん仲介手数料は戻せ、という行政指導なんですね。そこが業界のほうで今回のこの通達がどうかな、という感じをもつているんです。
四元 まさしくいま渡辺君がいつたとおりで、原則としてやはりここで押さえたい。しかし、いろんなケースが起こりますし、仕事の完成は事実上非常に幅が広いというのはおつしやられるとおりです。そこで継続的企業を前提とする限りはただし書きのほうによつて現実的な計上基準を企業としてご選択いただけるんではないかと規定しております。」(四元俊明・渡辺淑夫・山上一夫・髙木幸男「座談会 改正法人税基本通達等を巡って」税経通信1980年9月号、111頁)
上記の通達は本文と但し書から構成されており、通達自体は「原則」と「特例」を定めるという形式を採っていますが、上記の座談会の遣り取りにおいては、上記の通達の本文の部分は、明確に「建前」と述べられているわけです。
「建前」の反意語が「本音」であることは、周知のとおりであり、上記の通達の本文の部分が「建前」であるとすれば、当然のことながら、同通達の但し書の部分は、「本音」ということになります。
3.「継続」の要件を満たさなかった場合の取扱い
基本的には、「原則」と「特例」の関係は、「特例」の要件を満たさなければ「原則」に戻ると解することになりますが、上記の通達の「建前」と「本音」の関係は、果たして、そのように解するべきなのでしょうか。
上記の座談会の遣り取りにおいては、「この建前は、ただし書きの方まで合わせて読んでいただきたい」「前後を分解してそれぞれごとに議論しますと、非常に議論がふくそうする」「前段を特に書きましたのは、課税というのは、どうしても強制力を発動しなければならない場面というのがございますし、そういう場合には、ある程度割り切りをせざるを得ないことがある」「簡単にいえば、前段の部分は脱税事件のようなものを考えて整理してある」とまで述べられています。
このような遣り取りからすると、上記の通達の本文と但し書の関係は、やはり、文字どおり「建前」と「本音」の関係となっていると解するのが適当であり、一般的な「原則」と「特例」の関係と解することはできないものと思われます。
そうすると、上記の通達において但し書の適用要件とされている「継続して当該契約に係る取引の完了した日(同日前に実際に収受した金額があるときは、当該金額についてはその収受した日)の属する事業年度の益金の額に算入しているとき」という文言をどのように捉えるのかということが問題となります。
この点に関しては、上記の通達の但し書の部分が通常の「原則」と「特例」の関係の「特例」の部分であったとすれば、「継続」という要件を満たしていない場合には「原則」の取扱いに戻ることとなるわけですが、上記の座談会の遣り取りから判断すると、上記の通達の取扱いに関する限り、「継続」という要件を満たしていない場合にも、「どうしても強制力を発動しなければならない場面」「脱税事件のようなもの」でなければ、但し書の適用が認められる、ということになるものと考えます。