第114回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。今回のコラムにおいては、現在の法人税法の収益の計上時期に関して、「権利確定主義」が正しいとする判決や学説が未だに見受けられることについて、「主義」と「基準」の違いを明らかにして、ご解説いただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
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現在の法人税法は、昭和40年に制定されたわけですが、その際には、収益の計上時期に関しては、「権利確定主義」は採らないこととされました。
この法人税法の制定に伴い、昭和44年には、法人税基本通達が制定されましたが、その際にも、当然のことながら、「権利確定主義」は採らないこととされました。
このため、常識的に考えると、現在の法人税法の下では、収益の計上時期に関しては、「権利確定主義」は採らない、ということになるはずです。
ところが、現実には、収益の計上時期に関しては、「権利確定主義」が正しいとする判決や学説が未だに見受けられます。
このような不思議な現象が生ずるのは、何故なのでしょうか。
そのような現象が生ずる原因はいくつかあると考えていますが、その中の一つは、「主義」と「基準」の違いに関する認識不足であると考えています。
1.昔から「主義」と「基準」を同列のものと捉えた説明がなされてきた
収益の計上時期に関しては、上記のとおり、未だに、「権利確定主義」を採っているという主張がなされたり、「実現主義」を採っているという主張がなされたりすることがあるわけですが、これらは、その呼び方から分かるとおり、「主義」ということになります。
これらに対し、収益の計上時期に関しては、「引渡基準」を採っているという説明がなされたり、「契約基準」を採っているという説明がなされたりすることもあります。これらは、その呼び方から分かるとおり、「基準」ということになります。
このように、収益の計上時期に関しては、「・・・主義」を採っているという言い方がされたり、「・・・基準」を採っているという言い方がされたりしています。
このような「主義」と「基準」を同列に捉えたり混在させたりした説明は、近年に始まったものではなく、昔から行われてきました。
昭和38年12月6日付けの税制調査会の『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』においては、次のように述べられています。
「4 所得の発生時期
⑴ 税法は、期間損益決定のための原則として、発生主義のうちいわゆる権利確定主義をとるものといわれているが、・・・」
⑶ 法人税法基本通達「249」は、本文における権利確定主義のただし書として、商品、製品等の販売については引渡し基準を認めている。」(15・16頁)
この説明の⑶においては、「権利確定主義」と「引渡し基準」を原則と特例の関係として同列に置いて説明しています。
2.「主義」とは基本的な考え方をいうものであり、「基準」とは実務の指針をいうものである
『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』の説明の⑶において、何故、「権利確定主義」と「引渡し基準」を同列に置いて原則と特例の関係とする説明が行われているのかというと、「権利確定主義」と採るということになると、当然、「契約基準」(契約効力発生基準)を採ることになるという前提があるからです。
「法人税法基本通達「249」」がどのようなものであったのかというと、次のとおりです。
「(売買損益の帰属の時期)
二四九 資産の売買による損益は、所有権移転登記の有無及び代金支払の済否を問わず売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入する。但し、商品、製品等の販売については、商品、製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる。」
「法人税法基本通達「249」」がこのようなものであったことを踏まえて、『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』の説明の⑶をもう少し正確に言うと、次のようなものとなります。
「⑶ 法人税法基本通達「249」は、本文における権利確定主義に基づく契約基準(契約効力発生基準)のただし書として、商品、製品等の販売については引渡し基準を認めている。」
これが旧法人税基本通達249の正しい説明ということになります。旧法人税基本通達249は、「権利確定主義」と「引渡し基準」を同列に規定するなどということはしていないわけです。
それでは、「主義」と「基準」は、どのように違うのでしょうか。
それは、国語辞書をめくったりして考えるしかないわけですが、収益の計上時期に関して言えば、「主義」とは基本的な考え方であり、「基準」とは実務の指針となるものと言ってよいでしょう。
3.「主義」がなくても「基準」があれば実務には支障がない
「主義」と「基準」がそのような関係にあるとすれば、自ずと、「主義」が必要なのか、「基準」だけでは駄目なのかという素朴な疑問が湧いてくるはずです。
その疑問に対する答は、「主義」がなくても「基準」があれば実務には支障がない、ということになります。
どのような「基準」を採るべきかという判断には、「主義」が影響を与えることとなりますが、「基準」が決まれば、「主義」がどのようなものであったとしても、答は決まります。
つまり、「主義」を持ち出して判断をしなければならない場面は、「基準」が決まっていない場合のみであるということです。
4.現在の法人税法22条2項には、「権利確定主義」や「実現主義」に代わる「主義」が存在しない
昭和40年の法人税法22条2項における収益の計上時期の法制化に関しては、次のように説明したものがあります。
「「権利確定」といい、「実現」といっても、一般にその内容の理解に差異がある上に複雑多岐にわたる経済取引について適用される統一的基準の設定の困難性と、それによる内容の固定化の危険性などが考慮された結果昭和四〇年の全文改正では、収益計上基準が明示されないままに終わったものといわれている。」(駒崎清人「第8章 損益の計上時期」、金子宏・武田昌輔・桜井四郎・辻敢編集『実践租税法大系(法人税編)』164頁、税務研究会、昭和56年)
この説明においては、「主義」ではなく「基準」という用語が用いられていますが、この「基準」は、文脈上、「主義」を指すものであることが明確です。
私も、大蔵省主税局税制第一課で法人税法の昭和40年度改正に携わられた吉牟田勲元筑波大学教授から、吉牟田勲氏の生前に、上記の説明と同旨の説明を受けたことがあります。
このように、収益の計上時期に関しては、従前の「権利確定主義」や企業会計における「実現主義」に代わる「主義」は定めないこととされたため、「主義」が存在しない状態となっているわけです。
5.法人税基本通達において、「引渡基準」を原則としつつ「契約基準」を特例として認めるものとされている
しかし、「基準」に関しては、それを定めないと実務が行い得ないこととなってしまいますので、法人税基本通達において「基準」を定めることとされており、法人税基本通達2-1-1において棚卸資産の販売による収益の帰属の時期に関しては「引渡基準」によることとし、同2-1-14において固定資産の譲渡による収益の額の帰属の時期に関しては「引渡基準」を原則としつつ「契約基準」(契約効力発生基準)を特例として認めることとされています。
以上のとおり、現在の収益の計上時期に関する税制は、「主義」を定めずに「基準」だけを定めるということでスタートしているわけです。
このため、収益の計上時期に関して、「主義」を創り出すということになると、それ自体が解釈誤りということになってしまいますので、そのようなことがないように、十分、注意する必要があります。