第四十二回目の専門家コラムは、日本税制研究所の代表理事であり、税理士である朝長英樹先生に執筆していただきました。朝長先生の略歴を文末に掲載させていただきます。
今回のコラムにおいては、税務調査における、国税調査官のパソコンやサーバー上のデータの閲覧権限について取りまとめていただいております。ご参考にしていただければ幸甚です。
なお、本コラムへのご質問やお問合せは弊社までご連絡下さい。
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近年は、大規模法人はもとより、中小法人においても、取引等の記録はコンピューターで管理し、取引の打合せや資料の授受を電子メールによって行うのが通例となっています。
このため、税務調査においても、コンピューター内の各種データや電子メールを見せるように求められるケースが非常に多くなっています。
実際に、税務調査において、国税調査官からメールサーバーへのアクセス権を付与するように求められたケースまであった、と聞いています。
仮に、税務調査に対して国税調査官からサーバーへのアクセス権限を付与するように求められたというような場合に、納税者は、その要求に対してどのように対応するべきなのでしょうか。
このような場面に遭遇した場合の対応は、現実には、個々のケース毎にかなり異なっているのではないかと思われます。
1.法人税調査における質問検査権の内容の確認
質問検査権に関しては、従来、各個別の税法中に定められていましたが、現在は、国税通則法74条の2(当該職員の所得税等に関する調査に係る質問検査権)にまとめて定められています。
国税通則法74条の2第1項においては、調査官は「その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出を求めることができる」(抜粋)とされています。
上記の国税通則法の規定上は、電子メールに直接に言及する文言は存在しませんが、社内の電子メールが上記の規定の「帳簿書類等」に含まれることに異論はないはずです。
国税庁からは、次のようなQ&Aが公表されています。
「問5 提示・提出を求められた帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合には、どのような方法で提示・提出すればよいのでしょうか。
帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合には、提示については、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認し得る状態にしてお示しいただくことになります。
一方、提出については、通常は、電磁的記録を調査担当者が確認し得る状態でプリントアウトしたものをお渡しいただくこととなります。また、電磁的記録そのものを提出いただく必要がある場合には、調査担当者が持参した電磁的記録媒体への記録の保存(コピー)をお願いする場合もありますので、ご協力をお願いします。
(注)提出いただいた電磁的記録については、調査終了後、確実に廃棄(消去)することとしています。」
社内の電子メールは、このQ&Aの「電磁的記録」に該当することとなります。
この「電磁的記録」としての電子メールは、法人の担当者がディスプレイを操作して、画面を表示し、それを調査官が確認する、という方法で調査が進められるということが予定されているということになります。
そして、必要であれば、その画面をプリントして、調査官に渡す、ということになるわけです。
この社内の電子メールを見せないということになると、罰則(通法127二)の適用がある、ということになります。
2.「メールサーバーへのアクセス権限の付与」の要否の検討
ご質問に関しては、上記の国税通則法の規定に基づき、上記のQ&Aを参考としながら、答を探ることになります。
上記の国税通則法の規定においては、「提示」と「提出」を分けて規定しています。
ご質問は、「メールサーバーへのアクセス権限」を付与するか否かということですから、上記の国税通則法の規定上の「提出」に「メールサーバーへのアクセス権限の付与」が含まれるのか否かということが問題となります。
この点に関しては、まず、「メールサーバーへのアクセス権限の付与」がどのような行為かということを考える必要があるわけですが、「メールサーバーへのアクセス権限の付与」を受けた者に何ができるかというと、その者は、特に閲覧範囲等の制限がなされない限り、自由にメールサーバー内の電子メールを見ることができるわけですから、例えて言えば、「金庫の鍵を与える行為」と言ってもよいものです。
要するに、調査官に金庫の鍵を渡さなければならないのか、と考えてみると、自ずと、答が明らかになります。
調査官に金庫の中を見せるように求められた場合には、金庫の中を見せなければなりません。
しかし、仮に、調査官に金庫の鍵を求められたとしても、金庫の鍵を渡す必要はありません。金庫の中にあるものは「帳簿書類等」に該当して「提出」の対象となりますが、金庫の鍵は「帳簿書類等」には該当せず、「提出」の対象とはなりません。
すなわち、ご質問の「メールサーバーへのアクセス権限」は、上記の国税通則法の規定に「提出」の対象として定められた「帳簿書類等」に該当せず、仮に、調査官から求められたとしても、「提出」をする必要はありません。
実際に、税務調査で「メールサーバーへのアクセス権限の付与」を求められたケースにおいては、上記のような法律論よりも、「もし万が一、サーバーに障害が生じてデータが消えたというような問題が生じた場合には、取り返しがつかない」というような現実的な心配のために、その求めを断った、ということのようですが、このような点もよく考慮しておく必要があります。
3.パソコンの「メールの閲覧権限」に関する対応
ご質問は「メールサーバーへのアクセス権限」に関するものですが、社員が使用しているパソコンの「メールの閲覧権限」に関しても、同じことが言えます。
社員が使用しているパソコンの「メールの閲覧権限」は、「金庫の鍵」よりも、「部屋の鍵」に例えるべきものかもしれませんが、上記の国税通則法の規定上の「帳簿書類等」には該当せず、「提出」の必要はありません。
調査官に部屋の中を見せるように求められた場合には、見せなければなりませんが、部屋の鍵を渡す必要はないわけです。
仮に、調査官からパソコンのメールを見せるように求められた場合には、上記の国税庁のQ&Aにあるとおり、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認し得る状態にして「提示」すればよい、ということになります。
最後に
冒頭に述べたとおり、近年は、中小法人でも、その殆どがパソコンを使用しています。
このため、税務調査においても、当然、調査官からパソコンの中身の「提示」を求められることが多くなるわけですが、その中でも特に電子メールから問題の端緒が発見されるケースが多いと言われています。
特に小規模な会社の場合には、会社内のパソコンのメールは、業務に用いるだけでなく、私用で用いることも多く、会社内のパソコンのメールの中に私的なメールが混じっていることも少なくないようですが、私的なメールが混じっているということが「提示」を拒む理由にならないことは、改めて言うまでもありません。
納税者においては、パソコンの中のメールも、「帳簿書類等」として伝票や元帳等と全く同様に、税務調査の対象となる、という認識を普段から持っておく必要があります。